【2025年度 大学院入試】不合格体験記

この記事は、僕が大学院入試に落ちた時の後悔をnoteというプラットフォーム上に公開していたものです。

ブログを始めたので、こちらに書き写します。


2025年度、外部院試に挑戦しました。

私は地方国立大の化学系の工学部です
化学系ですが、目指した専攻は電気電子系です
なので完全に0からのスタートでしたが、
その辺の言い訳をするつもりはありません。

転学科しようとした経緯や具体的な方法はいつか書くと思います。



京大8/3(土)は合格発表済みで不合格、
東工大8/19(火)も手応えからして不合格。
(9/8追記。やっぱ落ちてました)
現実を叩きつけられた今書き殴った後悔を記録します。

所謂不合格体験記って感じです。

まだ綺麗に文をまとめるほどの余裕があるわけではないので、拙い文ですが、とりあえず悔いが新鮮なうちに忘れないよう記録します。


今後、また余裕ができたら綺麗に描き直したり、
他にも院試特有の勉強法や具体的な反省点やまとめも書いていくつもりです。

初めは何をやればいいのかわからなかったのが
本当にきつかったし無駄だったから、
それをメインに発信していきたいと思ってます。


まず、京大

解いたのは
専門基礎aでは数学2題、電磁気、電気回路
専門基礎bでは電磁気Ⅱ、自動制御、半導体・固体電子工学


京大に関しては問題のクセが強い上、
情報がほぼ過去問しかないこと、
科目の多さから限られていた時間からできることは少なかったため、

専門基礎aで7割、bで4割ほど取って最低ラインを超える
という戦略だったが
専門基礎aの傾向が大きく変わった。
(内部生からしたらこの変化も大したことはなかったらしいのを昼休みに耳に入ってきたのが余計絶望だった。ここで奇跡的に受かったとしても、京大生との知識と能力の差はバカでかいんだろうなと。)


傾向が変わらなければ受かる自信はあったし、
10年分以上を見ていく中で結構過去問ゲーなところがあるように思っていたので、受かるつもりで受けに行ったくらいだった。
けれど専門基礎aを得点源にしようとしていた自分の戦略が傾向が変わり通用せず、bを受ける前に落ちる確信があるくらいだった。

いろいろと分が悪すぎたことは確かにあるが、それでも甘えている部分があった。
まだやれたはずの部分をやれていれば可能性はあったと思ったからそこに後悔も残った。

スタートラインが誰よりも低かったこともあり、
どう足掻いても傾向が変われば太刀打ちは
できないレベルにまでしか仕上げられなかったから
傾向が変わった以上、“諦めがつく“というような
気持ちがあったのが正直なところだった。

けれどその中でも、自分に何が欠けていたのかを
しっかり分析していれば東工大でも負けることはなかったんじゃないかと、今では思う。

失敗した時、原因の追求から逃げればそれはただの失敗に終わる。
次への糧になるのはその原因をしっかり分析し、
改善した場合のみ。当たり前のことだ。



京大の反省点としては、得点源にする科目以外のものも合格最低点の割合まで取れるくらいまでには仕上げるべきだったこと。
外部生の立場では特に、どういう問題が出るのかの想定が難しい。だからどの科目も満遍なく点数が取れる状態にはしておかなければならないと感じた。

この反省を東工大に活かすなら、
過去問頻出の範囲以外の典型問題も仕上げるべきだった
という点に繋がる。


院試では過去問・傾向という概念が重要ではあるが、得点源にしたい科目があるならそれは過去問にも無いような典型問題も仕上げるべき。
なぜなら過去問・傾向が絶対であるという保証などどこにもないから。

余談ですが、院試の合格体験記はマジで当てにならないです。

そもそも院試と一口に言っても
大学が違えば全く話が変わってくる
同じ大学でも専攻が違うなら全く違う土俵
そして同じ専攻でも研究室次第では
取るべき点数の割合が5割~9割という大きな範囲で変動し得る

過去問だけやれという人の意見は
その人の本番で傾向が変わらなかった+その他の運要素
から成立しているただのn=1

確かに舐め腐っていても受かるようなところもあるかもしれません。
ただ、自分の目指す場所が自分のスタートラインから見て
本当にその甘い考えで確実に到達できるのか、
個々で分析するべきということです。

受かる人というのはこんなことは黙って当たり前にやる人です。


つまり確実に受かりにいくなら勉強の仕方は大学受験と変わらない。
これを理解している人はごく少数であるように思う。

院試と大学受験の大きな違いはこの対策の仕方に対する世間の考え方で、
落とし穴であり差がつくポイントでもある。


そして、東工大


試験中浮かんだ言葉は 

“詰めが甘かった“

これに尽きる。
東工大はほとんどが典型的な問題で、やるべきことをやっていれば確実に受かれる土俵だ。

にもかかわらず、本番では
久しぶりに見たという感覚になる問題が勢揃いで、全てがうろ覚えで自信を持って回答できたものが本当に少なかった。

試験が始まり、問題を一通り見て取れそうな点数が半分もないかもしれないと思った瞬間心臓が鳴り止まなくなった。

最初にミスれば全てミスる問題ばかりだった(東工大はそういう問題が多い)ため、
それがうろ覚えとなると怖くて解答欄に書く答えに全く自信が持てず、
緊張と焦りと後悔で思考が埋め尽くされ、
白紙だらけの答案を手元に気づけば残り時間は1時間で。

解けたはずの問題も解けなかった。

原因は京大が終わってからの2週間、
過去問と過去問でよく出る範囲の問題だけの演習をしていたこと。

自分で過去問を見ていく限りは
世間で言われているほど院試は甘くないだろう
過去問をやるだけでは足りないんじゃないか
とずっと前から自分では感じてた。


実際、10年分以上の問題を見ていく中で、
確かに傾向という概念が存在することは納得だったが、
それでも問題の種類は幅広く、
この範囲の問題はこの一年しか出ていない
というような出題がいくつもあった。

つまり過去問だけでは運次第になる、
“過去問+参考書の典型問題を全て完璧にする“

ここまでやる必要があると、薄々理解していた。


けれど、そもそも大学受験に比べて情報が圧倒的に少ない院試において、誰もが口にするのが“過去問演習“ についてであり、それ以外のやるべきこと、みたいな話は皆無に近い。
なんなら 
院試はちょろい、過去問だけやればいい、
5−6割取れればいい
なんていう、院試をナメている言葉が飛び交っている。



結局私は、京大にメンタルをボロカスにされた結果、 
“ ひたすら過去問演習してればいい理論(?) “ を信じてやってしまっていた。
いや、それに逃げていた。

敗因は確実にこの逃げにある。


最初から自分の考えと選択を信じてやるべきだった。

とはいえ情報が少ない院試において、
先人の教えに耳を傾けることも決して間違いではなかったと思う。

ただ、それを鵜呑みにするのは確実に間違っていた。
仮に他人にとってそれが正しかったとしても、
その他人と自分は能力も違うし何よりスタートラインという前提も違う。
なぜ過去問だけでいいのか、この本質を考えずになんとなくでそれを信じていた。


自分の人生が懸かってんのに、なんでそんないい加減なことができんだよ。バカが。
確証もないことに自分の人生託すって何?
本気で過去の自分を殴りにいきたい。


少なくとも自分はもっと努力する必要があるとわかっていたのに、
辛くなった時にその甘い考えに縋り、逃げて、真剣にやれなかった。


本当に合格して人生を変えていきたいなら、
自分のやれることは全力でやり切るべきだろ。

過去問というやらなければいけないことを完成させた後、その他典型問題の演習というやったほうがいいこともやるべきだ。

この少し考えりゃわかることから逃げた結果がこのザマだ。


傾向が変わりさえしなければ受かっていた自信はあるくらい仕上げたのは間違いない。運が悪かったというのも間違いなくある。けど問題はそこじゃない。


運が悪かった、しょうがない なんて言い訳臭いマヌケな言葉で諦めがつくようなことじゃないと、現実を目の前にしないと本気で考えられなかった弱い自分につくづく失望する。

挑戦できるのは一度だけなら、絶対受かりたいなら、10回受けて10回受かる状態になるまで気を抜いていいわけがなかった。


京大も東工大も将来後悔したくないから挑戦したのに、
その過程に後悔が残ってどうすんねんアホすぎだろ。
結果は出なかったけどやり切ったとか、
京大の時に浮かんだ“縁がなかっただけ“なんて言葉は
今となってはくだらん負け犬の捨て台詞でしかなかったと分かる。
やりきれてないだろボケ。

本当にやり切ったなら、確実に受かれる土俵だったから嫌でも分かる。

負けた後その敗因に真剣に向き合わなかったから、甘い方に逃げたからまた負けた。

絶対に受かりたいなら、
絶対に受かる状態にまで努力して、
受かるべくして受かりにいく


それができないならその資格はない。

もう同じ後悔はしたくない。自分に失望したくない。

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