人生を変える目標設定の基準とは何か。ずっと堕落していた僕が変われた方法

今の人生が嫌なら、このままじゃ嫌なんだったら、
今の自分を変えないと届かない目標を置け。
今の自分でも届く目標は意味がない。

今の自分の延長で届く目標では、今の自分のままでいられてしまう。

でも、今の自分を変えないと届かない目標を置いた瞬間、
生活も考え方も行動も変えざるを得なくなる。


これが、人生を変える目標設定の本質。

これで初めて、人はその目標に合わせて自分を作り変え始める。


変わりたいと思っているのに、何年も同じところを回り続けてしまう。きっとこれは、誰もが一度は抱えたことのある悩みだと思う。

自己嫌悪はある。現状への危機感、将来への不安もある。けれど、生活も考え方も行動

も、結局は大きく変わらない。

少し前までの自分も、そうでした。

スマホ依存、生活習慣の大乱れ、集中力の低下、生産性のない日々。自分がまずい状態にいることは分かっているのに、そこから抜け出すことができなかった。

こういうとき、人は「意志が弱いから」と片付けて終わりがちです。

でも今は、そうじゃないと思っています。ずっと変われなかった理由の一つ、それは人が変わるような目標に出会えていなかったこと。もちろんこれだけじゃないけど、ここではそれについて語りたいと思います。

人生を変える目標設定には、基準があります。

自分は大学時代かなり堕落していて、危機感を感じながらも抜け出せませんでした。そんな僕でも、ある目標を置いたことで少しずつ変わり始めました。結果としてその挑戦自体は成功しなかったけど、目指したことで内面が大きく成長できたと思っています。

この記事では、その経験をもとに、どういう目標設定なら人生を変えられるのか、そしてなぜその目標が成長を生むのかを整理して書いてみます。

いつも同じ失敗を繰り返してしまう。
毎年何も変われていない。
年齢と無力感だけが積み重なっていく日々。
そんな感覚のある人、過去の自分と同じ悩みを持つ人にとって、この記事が変わるきっかけになればという気持ちで書きました。

人生を変えられる目標設定について

変わりたいのに変われない、本質的で単純な理由とは

変わりたいと思っているのに変われない人は多い。過去の自分はずっとそうでした。

しかも問題なのは、そういう人ほど自己嫌悪や危機感をちゃんと持っていることです。

このままではまずい、何とかしないといけない、という感覚はある。にもかかわらず、生活も行動も結局は大きく変わらない。地味だけど、本当に辛い悩みだと思います。抜け出し方も分からないから。

なぜこうなるのか。

それは、変われない原因を正しく捉えられていないからです。

多くの場合、人はうまくいかない理由を「自分の意志が弱いから」で片づけてしまいます。
たしかにそれで説明した気にはなれます。

しかし言うまでもなく、それでは何も改善しません。これは原因の分析を阻む厄介なはたらきをします。この言葉を発するのは言い訳をするときと同じ心理で、最もらしい理由を言うことで逃げの正当化をしているだけ。

これを自覚することから始まります。

本当に見るべきなのは、その一段手前にある根本的な要因です。

集中できないのはなぜか。
すぐに逃げてしまうのはなぜか。
毎日同じ失敗を繰り返すのはなぜか。

そこには、意志の強さや人間性の問題以前に、生活習慣の乱れ・スマホ依存・環境の悪さ・努力の方向のズレ・そもそも何を変えるべきか分かっていないなど、もっと具体的な問題があるんです。

原因を正しく見ないまま、「もっと頑張ろう」「次こそちゃんとやろう」と気合いだけを入れ直す。これでは変化が起きず、同じミスを繰り返すのも当然です。

人が変わるために本当に必要なのは、気合いを入れることではなく、何が自分を停滞させているのかを見つけ、その根本要因を改善することです。

そして、その改善を促すような目標設定が必要になります。

人を変えうる目標には条件がある

では、どういう目標なら人は変われるのか。
根本的な部分に向き合えるのか。

ここでまず大前提になるのは、達成後のビジョンを想像したらテンションが上がるような目標です。努力を続けられる状態を作ることです。

ただし、続けられれば何でもいいわけでもない。

簡単すぎる目標は、充実感があって楽しいだけです。今の自分のままでも達成できるから、根本的な弱点に向き合わなくて済む。達成感はあっても、人生はほとんど変わりません。

逆に、高すぎて現実味のない目標も危うい。

可能性が見えない目標は、人を奮い立たせるより先に無力感を強めます。途中で折れるのは当然です。

だから狙うべきなのは、その中間です。

今の自分では届かない。でも、自分の変わりたい部分を変えれば、可能性が生まれる。

このギリギリのラインを攻めた目標設定です。

このラインの目標だけが、人を変える圧力と継続の余地を両立できます。

今のままでは無理だから、弱点を直視せざるを得ない。でも不可能ではないから、改善を積み重ねる意味を失わずに済む。

人生を変える目標設定とは、ただ高い目標を立てることではありません。

今の自分がただ頑張るだけでは届かないが、自分の変わりたい部分を変えることで可能性が生まれる場所に目標を置くこと。
僕は、そのラインにこそ人を変える力があると思っています。

まとめると、
人を変える目標とは、ただ達成のために努力を要する目標ではなく、
達成までの過程で、自分の弱点と向き合い、試行錯誤を重ね、成長せざるを得ない目標です。

大切なのは、目標そのものの立派さではなく、その目標が自分に何を強いるかです。これには、結果以上に、その過程で弱点と向き合い続けさせる力があります。

そして、自分が本当に変わり始めたのも、まさにそういう目標を前にしたときでした。

では実際に、こういう目標が人をどう変えるのか。

次章では、危機感も向上心もあるのに何年も変われなかった自分が、ある目標を前にして初めて逃げられなくなった実例を通して、その構造を具体的に話します。

この目標を持つ前はずっと変われなかった話

ここまで、
「人を変える目標には条件があること」
「その目標が人を変える理由」
を整理してきました。

ただ、こういう話は理屈としては納得できても、実際にそこまで変わるものなのかと、自分がそうなるとは想像もできないと思う人もいるはずです。

ここで、僕自身の体験談を交えて死ぬほど具体的に話していこうと思います。一個人の体験談でも、鮮明に想像できれば何かヒントになるはずです。

大学時代の僕は、本当にクソの役にも立たない落ちこぼれでした。

起きるのは早くて昼、14時を過ぎるのも普通。家では起きた瞬間からスマホを手放せず、何か勉強しようと思っても、結局は片手にもつスマホで動画を流し続けるだけ。寝るのも2時3時が普通で、ひどいときは5時を過ぎても寝られないこともありました。

部活で始めた弓道にはハマりすぎてたし、バイトも楽しかった。人間関係にも恵まれ、遊んでばっかで楽しかったです。そういう意味では、それなりに楽しく大学生活を送っていたのだと思います。

とはいえ、そう簡単に単位が取れる授業はほとんどなかったこともあり、試験前にはそれなりに追い込むこともありました。ですが、明らかに集中力はなさすぎたし理解力も弱いし、日常の課題は友達に頼って乗り切っただけ。ちゃんと頑張っても単位が取れないことも普通にある、なんで国立にいるのか謎なくらいバカでした。
卒業する時のGPAは1.0を切ってました。

さらに、言い訳ばかり並べる悪癖もあった。

「集中できない」「むずすぎる」「化学おもんない」

そういう言葉を口にして、分かった気になって、なんの結論にもなってないのに結論づけた感覚になってそこで終わるっていう。

要は、原因の分析もせず、最もらしい理由を並べて逃げを正当化していたということです。

その痛い部分に本気で向き合おうと思えるほどの目標がなかったから、変われなかったんだろうなと今になって思います。

そんな中でも、危機感も自己嫌悪も、このままではまずいという焦りも、ずっとありました。
こんな状態でいいわけがない、就活や院試の時期に絶対に痛い目をみる、と。

それでも、いつまでも変われませんでした。

頑張れなかった根っこの部分は、頑張りたいと思えるキャリアが描けなかったことにあります。

僕はもともと大学受験で第一志望にも第二志望にも届かず、流れで化学系の学科に入りました。でも、化学をどうしても好きになれず、勉強にも身が入ったことは一度もなかった。このまま化学のキャリアを歩んでいく未来を想像することもできませんでした。

とはいえ、元々一番興味があった電気系に今から大学受験して入り直すなんて現実的ではない。だから諦めるしかなかったし、将来に希望も持てませんでした。

ここで言えるのは、人は危機感だけでは変われないということです。

なぜなら、変わった先に何があるのかも見えないままでは、言い訳に勝る大義を持てないから。

当時の僕は、このままではまずいという感覚はずっと持ってました。

教科書を読んでも異常なくらい理解に時間がかかる。集中力は皆無。現に大学のレポートや試験勉強でも、友達に助けてもらってばかり。

国立大学にいるにふさわしい人間ではない、と本気で思っていました。

それでも、どこかに変なプライドだけはあったんですよね。

今の自分はゴミだけど、本来はこんなゴミじゃない。
本気でやれば、俺にもできるはずだって。

かなり痛い考え方だとは思います。ですが、みんな奥底では同じ考えはあるんじゃないですかね。まだ本気じゃないだけ、みたいな。僕は全然悪いことじゃないと思います。その気持ちを捨てないことも、努力を続けるためには重要だから。

ただ、その可能性を本気で試したくなるほどの目標がなかった。
「頑張って変わった先に何があるのか」は見えなかった。
だから、本気で自分を変える理由を持てなかったんだと思います。

だから、結局は罪悪感と自己嫌悪の中で同じ生活を繰り返すだけだったわけです。

転機になったのは、進路について教授に相談したことでした。

そこで、自分が本当はどう生きていきたいのかを考え直すことになりました。

そして改めてはっきりしたのが、
「やっぱり自分は電気系に行きたかった」
ということです。

もともと電気系への興味があって、その道しか考えていませんでした。

でも、化学系に入ってしまった以上、もう無理だと思い込んで忘れたことにしていました。

それが、大学院からでも電気系に進める可能性があると知ったことで、一気に現実味を帯びた。

これが本当に大きかったです。ただの理想論ではなく、現状打破の具体的な道筋が初めて見えた瞬間でした。

ここで人生を変えにいかなければ、一生このままだと思いました。逆に、ここで成功すれば本当に人生をひっくり返せるかもしれないというあまりにも魅力的な道筋。

しかもその目標は、完全な夢物語ではありませんでした。

当時、自分は大学院からの転学科なんて考えたことも聞いたこともなかったし、それを知った瞬間でも現実的ではないように感じました。

けど、よく考えてみれば、今その分野にいる学生全員が過去のカリキュラムの内容を完璧に覚えているわけではありません。大学院入試で求められるのは、思っていたほど完成された学力ではないのかもしれない。

今から本気でやれば、
「電気系の学科に所属しているけれど、そこまで勉強していない学生」
くらいには勝てる余地があるんじゃないか?
そう思ったわけです。こうして将来への期待が生まれたことが、これまでとの決定的な違いでした。

それまでは、「このままではまずい」で終わっていました。でもこのとき初めて、「変われば届くかもしれない」がセットで現れた。

これによって、危機感がただの不安ではなく、行動する原動力に変わったのです。

自分が目標としてあえて京都大学大学院を置いたのも、その意味では象徴的でした。

自分のいた静岡大学の大学院を目指すだけでは、自分の中で「そこまで根本から変わらなくても何とかなるかもしれない」という甘えが残ると感じました。

だからこそ、完全に違う世界に見える場所をあえて目標に置いた。

今の自分では絶対に届かない、でも。

集中力、生活習慣、理解力、勉強法、そういった弱点を本気で克服していけば、可能性はゼロではない。

そのギリギリのラインに目標を置いたことで、初めてそこに本気で向き合え始めたのです。

つまり、自分を変えたのは、ただ危機感を持ったことではありません。

「変わらなければ絶対に届かない。でも、変われば届くかもしれない」

そう思えて、それだけの価値を感じる目標に出会ったことです。

その目標が現れた瞬間、自分はようやく本気で自分の弱点と向き合う覚悟が生まれました。

人生を変えてくれるのは目標達成後の結果じゃない

がむしゃらにやるだけでは、何も変わらない

そうしてここで人生の道を切り開くんだと、その覚悟は決めました。

本気で変わろうと思えた瞬間からぶち当たった壁はシンプルでした。

マジでわからない。
そして、勉強習慣もなくすぐにスマホに手が伸びてしまう。

こんな状態で、僕はそれも気合いだけで改善しようとただがむしゃらにやり続けました。

そして半年がたった頃、絶望しました。
僕は、電気回路の基礎的な参考書の4分の1しか進められていなかったんです。

京都大学大学院の電気系は数学、電磁気学、電気回路、電子回路、電波工学、半導体・固体電子工学など、死ぬほど科目が多いうえ、英語はTOEFLでした。

このうち、在学中にカリキュラムにあったものはありませんでした。英語はお遊びみたいな授業だったし、化学系だったので数学すら過去問にある分野は1つも知りませんでした。

要は高卒みたいなもんです。

で、僕は院試の一年半前から勉強を始めましたが、
その費やせる時間の3分の1を使って、
進捗は1割にも満たない状態だったということです。
当然、その時点で院試の過去問を見ても
何もわかりませんでした。

バカだったので遅いんですが、ここに来て僕は理解しました。

目指す場所があるなら、その場所にいるにふさわしい人間になる意識がないと届かない、と。

普通、院試の勉強というものは、大学受験のように1年以上も本気でやるものではありません。けど、このままじゃ5年かけても受かるか怪しいくらいだった。
つまり、受かるような人たちと自分とでは、根本的な部分に差があると考えるのが自然でした。

ただ参考書を開いて、分からないまま時間をかけて、勉強した気になっているだけでは届かない。今の自分のままどれだけ頑張ろうと、1日20時間勉強しようとも絶対に間に合わない。

最初の覚悟なんて、きっかけでしかない。集中力、生活習慣、勉強法、計画。その全部を見直す必要がある。

ここでようやく、「頑張る」に加えて「変わる」ことに頭を使い、自分の不甲斐ない部分に向き合いはじめました。

試行錯誤の積み重ねが、大きな変化を生む

初めに目をつけたのは、ワーキングメモリが小さすぎて知識を体系化できず、理解が進まないことです。
これはどう考えても、これまでの生活習慣の乱れと睡眠負債のせいでした。だから生活リズムを整えることから始めました。

生活リズムて。と鼻で笑われそうですが、それを毎日徹底できて、十分な睡眠時間を取れて、自分の100%のパフォーマンスを発揮できている人はどれほどいるでしょうか。

本気で改善を試みてわかりました。当時の自分には、そんな当たり前のようなことが一番難しかったんです。大学に入ってからずっと崩れていたせいで、睡眠障害にもなっていたこともありますが。

こうして、勉強の質が悪い原因を改善するための試行錯誤を始めました。やったのは、なぜできたのか、できなかったのかを考えて、毎日記録すること。1週間ごとに何かしらをためしてみるんです。

睡眠でいえば、朝日を浴びるとか、諦めて睡眠薬に頼ってみるとか、寝る90分前に風呂に入るとか、思い切って寝たいだけ寝てみるとか。

勉強でいえば、「分からないとこはすぐ飛ばす」を徹底してみるとか、3割理解できたらいいという基準で進めてみるとか、理解は諦めて回答の丸暗記に移行するとか、自分が集中できる時とできない時の違いを分析するとか。

1つずつ試していくことで、どれが自分に効果があって、それがなぜ効果的なのかまでを理解しながら、少しずつ変わることができました。

このやり方が強いのは、自分の弱みを改善する方法を言語化していることです。

言語化している限り、同じ崩れ方をしても改善方法が知っているからすぐに戻れるんです。それがのちに、大きな成長につながりました。

そして、京大にいるような人はどんな人だろうか。自分との違いはなんだろうか。これを考え、自分の常識・当たり前を破壊していきました。

僕は京大生の常識を知っていたわけではないです。研究室見学で京大生と対面でお話をさせていただいたくらいです。

だから京大生の感覚なんて所詮自分の想像でしかなかったけど、この観点で自分の常識を破壊することはかなり効果的でした。変わるというより、それが当たり前だと思ってやる方が楽だし変わりやすかったからです。自分はあの優秀な京大生だと、自己洗脳するレベルの話です。

「ここまでやるのは無理かも…」とか思う以前に、「いや、それが当たり前だから。」と自分を洗脳した方が楽なわけです。

そうして、小さな試行錯誤を1年継続しました。

その結果の変化がこれです。

毎日夜寝付けず、寝るのは2時を超えるのが普通。なぜか寝付けず徹夜することすらある。

勉強しようにも、費やす時間の大半がただの参考書とのにらめっこ。のくせに、やる必要のない範囲までやろうとしてしまう。

↓ ↓ ↓

自分の必要な睡眠時間を把握し、毎日決められた時間に寝て、決められた時間に起きる。飲み会続きでリズムが崩れても、3日で立て直せる。

知らない専門分野の勉強を始める時、どうやって勉強していいかを臨機応変に組み立てられる。どうやったら、自分が集中が続くのか、理解ができるのかを知っている。

つまり、これまでずっとめちゃくちゃな生活から抜け出せなかった堕落した人間が、

自己規律
専門分野だろうと独学で勉強できる能力

この2つを身につけられたんです。

ここで言いたかったことは、生活リズムの重要性とか、勉強法の探し方とか、そういうテクニックの話じゃないです。

今までの自分では絶対に達成できないくらいの目標向かっていったことで、努力だけでなく成長も強制できた。その結果めちゃくちゃ成長した。

つまりこの記事の本筋です。

集中できないなら、集中できる状態を作る。理解できないなら、理解できない原因を分解する。生活が崩れるなら、原因を見つけて排除する。

そうやって、自分の弱み、考え方、勉強法、常識。これらを少しずつ作り替えていった。

それを可能にしたのは、本気で目指したいと思えて、自分が成長すれば初めて可能性が生まれる。そんなギリギリの目標に向かうことでした。

結局どうすればいいの?振り返りとマインドセットについて。

ここまで長々とした話を読んでくださり、本当にありがとうございます。

最後に、じゃあどうすればいいのか。  

どうすれば成長できるのか。  

そんな問いに、自分なりに答えて終わりたいと思います。

まず考えてほしいのは、自分がなぜこんな記事をここまで読んでいるのか、ということです。

変わりたいからなのか。  

今の自分に焦りがあるからなのか。  

このままではまずいと思っているからなのか。  

過去の自分と同じように、何年も同じところを回り続けている感覚があるからなのか。

たぶん、何かしら引っかかるものがあったから、ここまで読んでくれたのだと思います。

まずは、その理由を考え尽くしてみてください。

自分は何に焦っているのか。  

何を変えたいのか。  

本当はどうなりたいのか。  

どんな未来なら、今の自分を変えてでも目指したいと思えるのか。

そこで出てきた想いを体現するものが、あなたにとっての目標になるのだと思います。

大切なのは、その目標に自分が本気で価値を感じられるかどうかです。

これがなければ、辛くなったときに言い訳に負けます。

「今日は疲れているから」  

「今さら頑張っても遅いから」  

「自分には向いていないから」  

「別にそこまでやりたいわけじゃないから」

そういう言い訳は、必ず出てきます。

そのときに必要なのは、気合いではありません。  

言い訳に勝る大義です。

自分はなぜこれを目指すのか。  

なぜ今のままでは嫌なのか。  

なぜ変わりたいのか。  

なぜここまでして、自分はそれを目指すのか。

その理由を、自分の中ではっきり持っておくことです。

できれば、言葉にして記録しておいた方がいいと思います。

人は簡単に忘れます。  

本気で変わりたいと思った瞬間の熱も、数日経てば薄れます。  

だからこそ、自分が何を思って目標を置いたのかを、ちゃんと残しておく。

それが、しんどくなったときに戻る場所になります。

そして、目標を立てるときに大切なのは、「自分ができそうなこと」を基準にしないことです。

「できそうかどうか」から考えると、今の自分の延長線上でしか目標を置けません。  

それだと、今の自分を根本から変える必要がなくなります。

大事なのは、「自分がやりたいこと」を基準にすることです。

本当に進みたい方向はどこなのか。  

本当はどんな人生にしたいのか。  

どんな自分になれたら、数年後の自分は感謝してくれるのか。  

死ぬときに、いい人生だったと思える生き方はどんなものなのか。

そこから逆算して考える。

別に、いきなり人生単位で考えなくてもいいと思います。  

数年後の自分で考えてもいい。  

今の自分が何をすれば、未来の自分は「あのとき頑張ってくれてよかった」と思ってくれるのか。  

その視点で考えるだけでも、目標の置き方は変わるはずです。

そうやって「やりたいこと」から目標を置くと、自然と今の自分には届かなさそうなラインになります。

それでいいんです。

今の自分でできそうなことだけを選んでいたら、今の自分は変わりません。  

今の自分では届かないけれど、変われば可能性が生まれる。  

そのくらいの目標を置くから、自分の弱点と向き合わざるを得なくなるのです。

ここで大事なのは、自分のポテンシャルに期待することです。

今の能力だけを見て、「自分には無理だ」と決めつけない方がいいです。

今の自分は、今までの生活、環境、習慣、考え方で作られた結果です。

つまりそれらを変えれば、未来の自分まで同じとは限りません。

むしろ、変えた後もそのままでいる方が難しいと思いませんか?

もちろん、何でも達成できると言いたいわけではありません。  

でも、最初から自分の可能性を低く見積もりすぎる必要もないと思います。

人間、みんな大した差はない。  

少なくとも、そうやって少しナメてかかるくらいでいいと思います。

僕は京大をナメていました。

今考えると、かなり短絡的だったと思います。  

でも、そのくらいでよかったのだと思います。  

最初から「自分には絶対無理だ」と思っていたら、挑戦することすらありませんでした。

ナメてかかるから、挑戦できる。  

挑戦するから、自分の足りなさを思い知る。  

足りなさを思い知るから、ようやく変わる必要に迫られる。

大事なのは、そこで逃げないことです。

目標に向かって努力し始めると、必ず壁にぶつかります。

集中できない。  

理解できない。  

続かない。  

生活が崩れる。  

予定通りに進まない。  

自分は思っていたより全然できない。

そういう不甲斐なさが、必ず出てきます。

でも、そこが本当のスタートです。そここそが、自分が変わり、人生が変わる入り口です。

その不甲斐なさを、「自分はダメだ」で終わらせない。  

「なぜできないのか」と見る。  

「どうすればできるのか」と考える。  

うまくいかなかった原因を探し、次のやり方を試す。

集中できないなら、集中できる状態を作る。  

理解できないなら、理解できない原因を分解する。  

生活が崩れるなら、崩れる原因を見つけて排除する。  

やる気が続かないなら、そもそも続く環境を作る。

こうやって、目標に向かう過程で出てきた弱点を、一つずつ試行錯誤で修正していく。

これが、本当に人を変える努力なのだと思います。

ただ頑張るだけでは変わりません。  

努力している気持ちよさに満足しているだけでは、同じミスを繰り返すだけです。何度も。

大事なのは、努力を通して自分を変えることです。

そのためには、今の自分では届かない目標が必要になります。  

でも、完全に無理だと思う目標ではなく、自分が変われば可能性が生まれる目標です。

その目標があるから、弱点から逃げられなくなる。  

その目標があるから、試行錯誤を続ける意味が生まれる。  

その目標があるから、結果だけではなく、過程そのものに価値が生まれる。

もちろん、目標を達成できるかどうかは分かりません。

自分も院試には落ちました。  

目指した結果だけを見れば、失敗です。

でも、その過程で自分は変わりました。  

生活を立て直す力も、独学で専門分野を学ぶ力も、うまくいかない原因を分析して修正する習慣も、確かに残りました。

だから今でも、目指してよかったと思っています。

人生を変える目標設定とは、ただ高い目標を立てることではありません。

自分が本気で価値を感じられる未来に向かって、今の自分では届かないけれど、変われば可能性が生まれるラインに目標を置くこと。  

そして、その過程で出てくる自分の弱点と向き合い、試行錯誤を重ねること。

それができれば、たとえ結果が思い通りにならなかったとしても、その過程で得た成長は残ります。

もし今、変わりたいのに変われない感覚があるなら、まずは自分に問いかけてみてください。

自分はなぜ、変わりたいのか。  

本当は、どんな未来に進みたいのか。  

その未来に向かうために、今の自分の何を変えなければいけないのか。

この問いに本気で向き合うところから、人は少しずつ変わり始めるのだと思います。

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投稿者:

一輝

静岡大学工学部化学バイオ工学科→電気電子設計エンジニア 在学中に得た様々な経験からの教訓を、絶対にいるであろう同じような悩みを持つ人、そして過去の自分にとって救いとなるような内容を書く

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